私を不快にさせる醜い「くしゃみ」

くしゃみをするついでに、余計なものまで吐き出す人がいる。例えば、日頃の鬱憤だ。
 
「ふぇーっふっっ!!」
 
私はそれを聞くとどうしようもなく不快になる。文字列では到底表現できない不快感に、心の中で「Fuck!!」と叫ぶ。もう少し配慮してほしいとやんわり促しても、改善しようとはしない。そのことがさらに私をいら立たせる。
 
彼らは言葉にできないのだ。だから、くしゃみという身体反応に乗せて言葉にできない感情を吐き出す。その感情はきっと美しいものでも温かいものでもない。根底には、ドロドロしたもの、モヤモヤしたもの、ギスギスしたものがあるのかもしれない。彼らはその感情が存在していることに気づいていない。その感情をうまく処理しようなどとも思っていない。すべては身体反応なのである。考察する必要などない。人を不快にさせることも気に留めない。誰かが不快に思うなんて露ほどにも疑っていないようだ。なぜなら、それは生理現象なのだから。それをとやかく言う方が間違っている、彼らはきっとそう言うだろう。
 
私は我慢するしかないのだろうか。周囲の何人かに指摘されても変えようとしない。指摘されたことに腹を立て、機嫌を損ねる。そうして、醜いくしゃみを毎日のように散布し続ける。
 
私は不快なくしゃみを聞くたびにやりきれない気持ちになる。私の受けとめ方は変えられない。こちらが不快に思っていることを理解してもらえない。「わかった」と言いながら、行動を変えようとはしない相手。
 
くしゃみをする際に必要のない要素を多分に含んだくしゃみに出くわすたび、私はくしゃみにまつわる感情を持て余すばかりだ。